2017-10

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秋風のフォルテシモ(一)

巨きな生き物を見つけたら、おおきな名前をつけたい。
それは人情というものだろう。

けれどことが恐竜の命名についてのことであれば、必ずしもうまい手段とは言えないのではないか。

例えば、ぶったまげるほど巨大な恐竜化石が見つかったとする。
研究者が鼻歌交じりにおっきな名前をつけるとする。

月日が経ってさらにおったまげるようなとても巨大な化石が出る。
前のものとは別種らしいから、新たに名前をつけねばならない。
研究者は頭をひねって、とびきりおおきな名前をそいつに与える。

さらに歳月が巡って、もうこれ以上はあるまいと思われるようなばかげたサイズの恐竜の骨格が出土する。
先のものとは別種である。
研究者は脳天をぶんなぐりながらおおきそうな名前をひねり出す。

数年後、それを超えるサイズの化石が出土する。
別種である。
研究者は頭をミキサーにぶちこんで、古今無双・空前絶後のスケールの名前を考える。

次にこれを超えるものが出たら、もう終わり。
研究者は脅えて暮らしている…。

 ***

そんな風な冗談をどこかで読んだことがある。

これをふと思い出したのは、「フォルテシモ」についてくよくよと考えていた時のことだった。

「ff(フォルテシモ)」は「f(フォルテ)」を基本とするフォルテ族のひとつである。「f」は譜面に記された強調の記号であり、強調の度合いを増すにつれて順次「ff(フォルテシモ)」「fff(フォルテッシシモ)」とfの字も増して行く。

明快である。

演奏記号は明快である。「より強いもの」を表すのにいちいち「ギガント」だの「メガトン」だのと新たな単語を発明するのに比べ、遙かに簡便でシステマチックな命名体系であると言える。直感的にもわかりやすい。これは優れた命名法ではないだろうか。

だが冒頭の学者ジョークで恐竜の研究者を襲った悲劇の足音はここにも幽(かす)かに聞こえ始めている。
たとえばこれをどう表現すべきだろうか。


「ffffffffffffffff」


また、なんと発音すべきなのか。

「フォルッテッシッシシシシッシッシッシッシシシモ」

ひとまずこれをそう呼ぶことにしたとしよう。

しかし演奏記号にわざわざこれだけのfを連ねて指示するものが譜面の背後にいるのだから、fひとつの強弱のニュアンスにも病的にこだわって来るであろうことは明らかである。fの13個と14個とを使い分ける(かつ言い分ける)ことが果たして、我々にできるだろうか。

たゆみない筋力トレーニング。
生死を賭した発声練習。
この天文学的な強調の指示を目の前に据えて、楽器はひとまず磨くだけ。

そんな惨劇が脳裏に浮かぶ。

実際の音楽の現場でこの問題がどのように攻略されているのか私は知らない。ひょっとしたらとっくの昔に解決されているのかも知れないし、あるいはやはり、いささかの血を吐きながらトレーニングに明け暮れている現場もあるのかも知れない。

だからこれから書くことがいったい誰かの役に立つのかどうか、はなはだ心許ないのだけれど、この度、くよくよ熟慮した結句、まったくざんしんな演奏記号をいくつか思いついたので、発表してみようと思う。

挑戦し続ける楽員諸兄の一助にでもなれば幸いこの上ない。

(次回に続く)

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● COMMENT ●

自然科学の世界では、
100,000,000を10E+8と記述します。

ということは、

ffffffffffffffff=fE+16

fE+15との違いを表現できるかどうかがプロかアマかの、差。

Eの手前が単位で、+の後ろが「その単位の何乗か」を表すわけですか。
今はじめてそんなことを知りました。
自然科学会・・・。

強度の表現について

興味深く拝読させていただいた。

 楽器を鳴らす強度をあらわす方法として、客観性を追求し、主観を追求した方法がある。
 お気づきの型もおられるかと思うが「ベロシティ」という、値だ。

『velocity:ノート情報のうち、音の強弱を表わす。』
これはシンセサイザーの入力値であり、『ベロシティとは直訳で「速度」のこと、「スピード」とほぼ同義です。ピアノなどの鍵盤楽器なら鍵盤を上下させるスピード、管楽器を吹き込む息のスピード、打楽器ならスティックorマレットを振り下ろすスピード、要するに、楽器のタッチです』とある。

この考え方にしたがい、件の表記を眺めてみる。『fffffffffffffffff』
ベロシティがデジタル値である以上、もちろんこの強度も定式化が可能なはずだ。音の大きさS(dB)[fの数]が楽器を奏でる何かしらの速度V=S(km/s)と、重さmによってあらわされるなら、fE+15とfE+16の違いも、これらの数値で表すことが可能である。

ただ、人間の指や腕の重さや、筋力には限界があり、よってmやVには限界がある。

一方で
そういった限界を超えたいと思うのが人の性である。この生身を持ったまま、これまで以上の速度を出すためには、全身の筋力に協力を求めるという手段があるだろう。
 
 たとえば助走だ。f+16E付近、プレイヤーはおもむろに立ち上がり、舞台袖へ消える。
 
 あるいは舞台上にこのような仕掛けをもうけ、位置エネルギーを稼ぐのも手段としてはある。http://www.enjoytokyo.jp/OD004Detail.html?EVENT_ID=17643

 かの、ドラゴンボールのナム氏の必殺技を参照されたい。

 さらに人が出せる限界のフォルテを追求したとしよう。ゼロ4や戦闘機での楽器への突入等が得られるが、あくまで生身にこだわった場合、
http://www.sonypictures.jp/homevideo/kungfuhustle/
この方法しか残されていないような気もする。

以上長くなったが、所感でした。









南無さん。

ひじょーーーに楽しく拝読いたしました。

コレはメモ帳か何かに一度下書きされてるんですかね。

前半後半、ともに「どう表すか」についてきちんと論述されていて、かつ、その議論が泣きそうなほど下らなくて、すばらしいです。

またぜひ論考をお寄せくださいませ。

あとペケ字拳が懐かしいですね。


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